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      <title>二者択一の遥稀</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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            <item>
         <title> 印刷技術の発明者をめぐって </title>
         <description><![CDATA[グーテンベルクの生存中のもので彼の名前に言及した資料はまだ見つかっていない。彼の名前が印刷技術と結びついて初めて現れるのは1472年の書簡でソルボンヌ大学教授ギョーム・フィシェ がロベール・ガギャンにあてた個人的なものであった。そこには｢マインツ市の近くに住むBuonemontano（ラテン語で「良き山」の意味でグーテンベルクという言葉をラテン語にしたもの）という姓を持つヨハンなる男が印刷術を発明した｣とある（折田洋晴、「インキュナブラの世界」、p15および富田修二、「グーテンベルク聖書の行方」、p80）。

1499年に印刷された『ケルン年代記』は「印刷術はマインツで発明され、1444年頃ケルンに伝えられた。印刷術の発明者はヨハン・グーテンベルクと呼ばれた」と書いているが、『ケルン年代記』が「印刷技術の原型はオランダからドイツに伝えられた」とも書いていることから、一時期印刷技術はオランダから始まったという説がさかんに唱えられた。グーテンベルクは印刷事業では成功しなかったことから彼の名前が忘れられ、ヨハン･フストとペーター･シェッファーが印刷術の創始者と考えられたこともあったが、ペーター・シェッファーの息子ヨハンは自ら印刷したリヴィウスの『ローマ史』の献呈の辞に印刷術の発明者はシェッファーではなくグーテンベルクであることを明記している。

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印刷技術の発明者が誰であるかということをめぐってはさまざまな説が流布してきた。特に16世紀から18世紀までに書かれた多くの「歴史書」は歴史的真実よりも自国のプライドや著者の主張が優先されることが多かったため、研究者の視点から見ればお粗末なものであっても、印刷術の発明者をめぐる問題を混乱させることになった。

たとえば1568年に出たオランダのハールレムの医師アドリアン・ユニウスの著作『オランダ年代記』は、グーテンベルクの活版印刷術はもともとオランダ人ラウレンス・コスターが1442年に発明したものであり、マインツのヨハン･ファウストス（グーテンベルクとフストの名前が混合したもの）なる人物がコスターからその技術を盗み出したと記した。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/12/post_35.html</link>
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         <pubDate>Thu, 17 Dec 2009 03:16:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>天丼</title>
         <description><![CDATA[天丼（てんどん）とは、丼飯の上に天ぷらを載せた丼物の一種。重箱に盛りつけたものは天重（てんじゅう）とも呼ぶ。
天ぷら丼（てんぷらどんぶり、てんぷらどん）が略された物であるが、現在は天丼と言う名称が一般的になっている。
最も一般的な調理法は丼飯に数種類の天ぷらを載せて甘辛い丼汁（タレ）をかけた物であるが、タレをかけずに天ぷらを軽く煮付けてのせるものや、塩をかけるものもある。タレには主に、出汁・醤油・みりん・砂糖などをあわせたものが使われる。
天ぷらの専門店や蕎麦屋で多く食べられる。蕎麦屋の丼物のなかでは最高級であることも多い。
なお、天丼は三定（創業天保8年：東京都台東区浅草）がはじまりと言われている。現在は海老・白身・掻き揚げの天婦羅を丼飯の上に載せ丼汁をかけた天丼である。

天ぷらの具は材料に制限が少ないため、その種類は非常に多いが、海老・烏賊・穴子・鱚などの魚介類の天ぷら数種に獅子唐・南瓜・薩摩芋などの野菜天を数種添える事が多い。主となる天ぷらの種類によって「海老天丼」「穴子天丼」等と呼ぶ事もある。
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精進天丼 
野菜の天ぷら（精進揚げ）のみを載せた天丼。野菜天丼とも。 
掻き揚げ丼 
名前の通りに掻き揚げを載せた天丼。 
天玉丼（または天とじ丼） 
天ぷらを親子丼やカツ丼などのように、甘辛いタレで煮て卵でとじたもの。
コントなどにおいて同じことを2度またはそれ以上繰り返すことで滑稽な効果をもたらすことを天丼と言う。 天丼に海老が2本のっていることが元になっていると言われている。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/12/post_34.html</link>
         <guid>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/12/post_34.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Dec 2009 03:22:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>偶像崇拝</title>
         <description><![CDATA[偶像崇拝（ぐうぞうすうはい）とは、神像、カリスマ的な人間の像、超常的な自然構造物などの偶像を崇拝する行為のこと。その行為に対する否定の気持ちが込められた表現である。
釈迦自身は、偶像崇拝を明確に否定したわけではなく、また反対に肯定をしたわけでもない。

もともと、釈迦が出世した当時のインド社会では、バラモン教が主流で、バラモン教では祭祀を中心とし神像を造らなかった。当時のインドでは仏教以外にも六師外道などの諸教もあったが、どれも像を造って祀るという習慣はなかった。したがって初期仏教もこの社会的背景の影響下にあった。

また、初期仏教は宗教的側面もあったが、四諦や十二因縁という自然の摂理を観ずる哲学的な側面が多分にあったという理由も挙げられる。

仏教ではこの理念を主とした。したがって、釈迦本人に自身が根本的な信仰対象であるとか、ないという概念そのものが存在しなかった。これらの理由から、初期仏教においても当時の他の宗教と同じく、仏像というものは存在しなかった。

ただし、どのような行為を偶像崇拝とみなすかは宗教によって見解が分かれるようになった。礼拝対象を像そのものと見るか、像の表現するものと見るかで、偶像崇拝かどうか判断がわかれるからである。
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概論を述べるならば、ユダヤ教・イスラム教は前者の立場（礼拝行為の対象を像そのものと見なす）をとり厳しい態度を示す。キリスト教は一般に後者の立場（礼拝対象は像の表現するものと見なす）を取り、聖像を許容する傾向があると言えよう。
だが、各宗とも教派によっては異なった解釈をすることがある。すなわち、ユダヤ教やイスラム教においても、かならずしも聖像が全否定されるわけではなく、例えば紀元前後のユダヤ教はシナゴーグ装飾において自由な描出を許していたことで知られ、またイスラム教のシーア派などでは聖像使用に寛容な傾向がみられる。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/11/post_33.html</link>
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         <pubDate>Fri, 27 Nov 2009 02:42:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アイルランド貴族たちの要求を棄却した</title>
         <description><![CDATA[貴族院は、アイルランド貴族たちの要求を棄却した。リード卿（常任上訴貴族）は連合法に基づいて判断を下した。その連合法では貴族代表は「アイルランドの一部」を代表しているとしていた。彼は、アイルランドは、アイルランド共和国と北アイルランドに分割され、そのため、現在、貴族代表が代表すべき「アイルランド」と呼ばれる政治的な組織はもはや存在しないからであると述べた。リード卿は「もし、ある法の制定によって、ある事柄が機能するために不可欠な要素の連続性が終わっているのであるなら、その事柄に関する法律の条項は暗黙のうちに廃止される」と書いている。

ウィルバーフォース卿（もう一人の常任上訴貴族）は連合法のような主要な法の制定は暗黙のうちに廃止できると言う点に同意しなかった。彼はその代わり、貴族代表の選出に関して記載の無い、1921年のアイルランド共和国法がアイルランドの大法官の廃止とアイルランド王の記録官の廃止を行ったと言う部分について言及した。アイルランドの大法官は貴族代表の選挙を宣言する責任があり、アイルランド王の記録官は貴族に投票用紙を送付する責任があった。これらの地位が廃止されたため、アイルランドの貴族が選出される機構がなくなったのだとウィルバーフォース卿は主張した。ここでも、要求は退けられた。
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請願を行った者は北部アイルランドが連合王国の一部として残っている点を指摘しなかった。リード卿の反対意見はその後、反論され、貴族代表が北アイルランドの一部の代表として参加することになった。同様に、アイルランドの大法官とアイルランド王の記録官が北部アイルランドのものに置き換えられることにより、選挙方法がなくなったことに関するウィルバーフォース卿の意見も満たすことができた。「バークの貴族制・男爵制」では、北アイルランドに関連した主張は以下の内容である。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/11/post_32.html</link>
         <guid>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/11/post_32.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 13 Nov 2009 13:09:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> 消費者側の対応</title>
         <description><![CDATA[消費者は国民経済における最大の集団であるにもかかわらず、組織化されていなかったため、事業者に対して発言する力を持たず、意見も聞いてもらえず無視されるというような弱い立場に長らく立たされていた[76]。企業が製造した商品の欠陥により消費者に被害が発生しても、消費者側から損害賠償を申し立てることは実際上非常に困難であった。

日本でも第二次世界大戦後の1945年に主婦らが「おしゃもじ運動」を起こすなどして消費者運動が始まった。1960年頃の高度経済成長の時期になると様々な消費者問題が起き、その後「消費者保護基本法」が制定され、ようやく産業優先の考え方から消費者優先の原則へと移行し、消費者保護の基本的方向が示されることとなったのである。
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1970年に消費生活センターが開設された当時、消費者の最大の関心事は食品の安全性であった。当時、牛乳のBHC汚染、発がん性が問題となったフリルフラマイド（AF2）やチクロなどの食品添加物、魚の水銀汚染などの問題が発生していた。 1970年?79年までに寄せられた相談の件数でも食料品の相談が1位を占めている。食品添加物や健康食品などに関する相談が多かった。

昭和60年代（1985年?）になると、消費生活が多様化・複雑化し、消費生活センターへの相談としては、住居品、教養娯楽品、保健衛生品などの相談件数が増加し、食料品の問い合わせ件数は3位になった。ただし、食料品の相談件数はほぼ横ばいで、減ったわけではなく、他の問い合わせが増えたのである。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/11/post_31.html</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Nov 2009 01:04:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>廃墟</title>
         <description><![CDATA[廃墟（はいきょ、廃虚は代用表記）とは、建物や施設、鉄道、集落などが使われないまま放置され、荒れ果てた状態になっているものを指す。

建物、施設などが使われなくなったとしても、他用途に転用され、適切な維持管理が続けられていたり、あるいは更地になっていれば、廃墟とはいえない。跡地利用も難しく、管理を続けるのも困難な場合には、建物、施設などが放置に任され、歳月とともに朽ちて崩壊し、あるいは草木に覆われて廃墟化の過程が進行する。

建設を発注した企業が倒産した、あるいは公共事業の一環として建設されたがその公共事業が中止になったなどの理由で、建設中の状態のまま放棄され、全く使われてない建築物もある。これらも廃墟に含まれる。

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ナチスの強制収容所跡や広島の原爆ドーム、ハワイの真珠湾のアリゾナ (戦艦)などある時代の悲惨な状況を後世に伝えるため、破壊あるいは放棄され廃墟同然となった状態で意図的に当時のまま保存している例もある。

かつて19世紀後半、イギリスやドイツのロマン主義でも、こうした廃墟、特に古代ギリシア、ローマのそれに関心が集まり、競ってその方面に出かける文人やそうした古代遺跡を版画や絵画に描いたり、あるいは君主の中には領地の中に故意に人工の古代の廃墟を配した庭園を作らせたものもいた（特に古代ローマ時代の様式が好まれた）。]]></description>
         <link>http://ytmcm.zfxynd.net/2009/10/post_30.html</link>
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         <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 01:36:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>バイオインフォマティックス、生化学</title>
         <description><![CDATA[DNAの塩基配列データがゲノムプロジェクトの進展に伴い爆発的に増えたため、情報学的な手法を用いて生命現象の仕組みを理解しようとするバイオインフォマティクス研究が進展している。他方、ペプチド断片のアミノ酸配列解析技術も進歩し、これにゲノム解析の成果を組み合わせて関連遺伝子を検索するプロテオーム解析も可能となった。1990年代にはタンパク質のアミノ酸配列は精製して解析するより遺伝子の塩基配列から推定する方が早いという認識があったが、一概にそのようには言えなくなっている。

タンパクを扱っていた生化学については、一時 "衰退産業"のように言う者もあらわれ、「DNA解析さえすれば"全て"がわかるのだ」という風潮も一部にみられた。これに反して、タンパク質のアミノ酸配列（ポリペプチド）が判るだけでは不十分という声があがり、1990年代の大学の授業では公然と分子生物学を一方的に非難する不毛な議論が旧帝国大学を中心に盛んに繰り返された[要出典]。しかし、分子生物学的な手法による蛋白質の機能解析が多大な知見をもたらしたことは疑いようがない。 現在ではDNAのメチル化やアセチル化、タンパク質のユビキチン化やリン酸化、多糖類、脂質などによる修飾がその機能に寄与していることが明らかにされ、また、生体内でのタンパク質の性質や相互作用を理解する上で分子生物学的手法が重要であると認識されている。生化学者と分子生物学者の間で研究手法や知見の共有化が進み、両ジャンルの境界はあいまいになってきている。
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「構造のないモノクローンな細胞系」分野から始まった分子生物学的研究では「素材の分子がすべてわかった」としても生物を「理解した」ことにはならないとの批判もあった。中でも、発生や脳などの研究分野においては分子生物学による解明が遅れたために、その批判が特に激しかった。しかし現在では、脳のように細胞間連絡のようなマクロ構造や電気的情報処理が重要な研究対象の機能解明についても、分子生物学的なアプローチが不可欠である。神経解剖学、神経生理学、脳機能画像研究などで分子生物学的手法に基づく成果が多く出ており、分子レベルでの機能の解明を認めない古典的な考え方は失当である。

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         <pubDate>Mon, 22 Jun 2009 07:41:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>先進国（せんしんこく）とは、高度な工業化を達成し</title>
         <description><![CDATA[先進国（せんしんこく）とは、高度な工業化を達成し、技術水準ならびに生活水準の高い、経済発展が大きく進んだ国家のことを指す。後進国（現在では開発途上国又は発展途上国、途上国の方が一般的）に対して、先進国と呼ぶほか、先進工業国、富国、中進国、高所得国などとも呼ばれることがある。

先進国とは技術で先を行き、比較的豊かな国々をさす。大国（超大国を含む）と同義の使われ方をすることもあるが、先進国は国の規模より経済力に重点を置いた場合であることが多い。対義語は発展途上国。（後進国という呼び方は侮蔑的とされ使われなくなった。）

主要先進国として日本、アメリカ合衆国、カナダ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアの、ロシアを除いたG8(G7)加盟国が挙げられる。北米、西欧、北欧の国々に多く、全体的にみると北半球の国に多い。そのため、主に南半球に多く分布する開発途上国との摩擦は南北問題と表現される。
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先進国の定義は曖昧である。先進国になる明確な基準が無いため、日本においてはG7のみを先進国と考えている場合がある。国際機関によっても異なるが、国際社会では「先進国クラブ」とも呼ばれている経済協力開発機構 (OECD) 加盟国を先進国として扱う傾向にある。日本は1964年に加盟した。日本は1955年にGATT加盟をしており、GATT加盟からOECD加盟までの期間が9ヶ年というのは極めて短く、日本の高度経済成長がいかに稀なものであるかが伺える。1993年に人間開発指数というものが登場し、国の発展度を計る際に用いられる。

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         <pubDate>Thu, 04 Jun 2009 15:40:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>豊臣秀頼</title>
         <description><![CDATA[豊臣 秀頼（とよとみ の ひでより／とよとみ ひでより）/羽柴 秀頼（はしば ひでより）、は、安土桃山時代から江戸時代前期の大名。

幼名は拾丸（ひろいまる）。父は豊臣秀吉、母は側室の茶々（淀殿）。子は側室和期の方（名は伊茶。渡辺氏）との間に国松と、小石の方（おいわのかた。成田氏）との間に天秀尼（生母については異説有）。官位は正二位右大臣。

乳母は宮内卿局、右京大夫局（一説に両者は同一人物とも）、正栄尼が伝わる。また、母・淀殿の乳母である大蔵卿局も姥（養育係）を務めた。

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文禄2年（1593年）、秀吉57歳のときの子で、大坂城で生まれたとされているが、秀吉の他の大勢の側室に子ができなかったことから、当時から秀吉の実子ではないのではないかとの噂が絶えなかった（後述）。

文禄4年（1595年）、秀吉から養嗣子として関白職を譲られていた従兄で義兄の豊臣秀次が失脚して切腹したため、秀頼が豊臣氏の後継者として伏見城で育てられた。秀吉は晩年に秀頼を補佐するため五大老・五奉行の合議制を整え、慶長3年（1598年）に死去したため、秀頼は家督を継ぎ大坂城に移った。

秀吉死後には五大老の徳川家康が影響力を強め、さらに豊臣政権内でも対立が起こり、五大老の前田利家の死去、七将襲撃事件に伴う五奉行・石田三成の失脚などで豊臣政権は家康が主導する形となる。

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         <pubDate>Fri, 01 May 2009 10:38:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ニザーミー</title>
         <description><![CDATA[ニザーミー・ギャンジェヴィー（ペルシア語で  Ni?āmī Ganjavī, アゼルバイジャン語で Nizami G?nc?vi, 1141年-1209年）はペルシア人の詩人。10世紀から15世紀末にかけてのペルシア語文学古典時代における最も著明な詩人のひとりであり、ペルシア語ロマンス叙事詩において恋愛・悲恋文学に神秘主義詩の要素を織込み独自の境地を開拓した。

本名は、ジャラールッディーン・アブー・ムハンマド・イルヤース・イブン・ユースフ（Jalāl al-Dīn Abū Mu?ammad Ilyās Ibn Yūsuf）。現在のアゼルバイジャンのギャンジャで生まれる。父親は現在のイランのコムの出身とも伝えられ、母親ライーサはクルド人であったという。生涯に三人の妻を娶り、ダルヴァンドの王より下賜されたキプチャク出身の女奴隷でアーファークという女性を妻として迎え、これを熱愛したことがのちの作品群に大いに影響を与えたという。ムハンマドという男児を儲けたことが作品中に語られている。ニザーミーの生地ギャンジャをはじめとするアッラーン、アーザルバーイジャーン地方は、セルジューク朝系のアタベク政権エルデニズ朝の支配下に有ったが、ニザーミーはタブリーズのエルデニズ朝などの各地の宮廷に詩を献呈したものの、生涯、生地のギャンジャを愛して離れずこれらの宮廷に仕えることは無かったという。

代表作は、五編からなる長篇叙事詩、『五部作』（ハムセ  Khamse）または『五宝』（パンジュ・ガンジュ Panj Ganj）と呼ばれる作品群で、それぞれガンジャ周辺の王侯貴族たちに献呈された物である。これらの作品群のうち、『ホスローとシーリーン』、『ライラーとマジュヌーン』などは後世に挿絵本が流布するなどペルシア語文学や絵画に大きな影響を残している。
約30,000の対句（バイト bayt）から成るマスナヴィー詩形の五部作『ハムセ』（Khamse）がもっとも有名。

『マフザヌル＝アスラール』 (  Makhzan al-Asrār) （神秘の宝庫） 
約2,260句からなる神秘主義詩。高名な神秘主義詩人サナーイーの代表作のひとつ『真理の園』（ハディーカトル＝ハキーカ ?adīqa al-?aqīqa ）に倣って作詩され、アナトリア東部エルズィンジャンの君主、マングージャク朝のバフラームシャー・ブン・ダーウードに献呈された。1176年頃作詩。 
『ホスローとシーリーン』 Khusraw wa Shīrīn) 
約6,500句からなるサーサーン朝の君主ホスロー1世とその妃となるアルメニアの王女シーリーンとの悲恋を描いたロマンス叙事詩。ペルシア語文学史上の傑作のひとつと評される。アーザルバーイジャーン地方一帯を治めたアタベク政権エルデニズ朝の当主ジャハーン・パフラヴァーンとクズル・アルスラーン兄弟およびセルジューク朝最後の君主トゥグリル3世に捧げる讃辞が詠まれている。1177年から1181年の間に完成した。 
『ライラーとマジュヌーン』 (Laylā wa Majunūn) 
約4,500句からなる。アラビア半島のナジュド地方のベドウィンの若い男女の悲恋を描いたロマンス作品。ベドウィン首長家の姫君ライラーと、彼女を恋焦がれて求めるあまり狂人（マジュヌーン）となった同じくベドウィンのアーミル部族長家の貴公子カイスを主人公として、その悲劇を描く。高名な頌詩詩人ハーカーニーの庇護者であったシルヴァーン・シャー朝の君主アフサターンの依頼に応じて作詩された。1181年作詩。 
『ハフト・パイカル』 (Haft Paykar) （七王妃物語） 
約5,130句からなり、サーサーン朝の君主バフラーム・グールことバフラーム5世（在位420年 - 438年）を主人公とするロマンス叙事詩。バフラーム・グールと世界中から選び抜かれ彼に嫁いだ七人の王妃との物語り。ニザーミーがこの詩を捧げた「スライマーン」とは、マラーゲのアタベク政権アフマディール朝の君主アラーウッディーン・クルプ・アルスラーンのことであると考えられる。 
『イスカンダル・ナーマ』 (Iskandar Nāma) （イスカンダル（アレクサンドロス3世）の書） 
イスカンダル・ズルカルナインことマケドニアのアレクサンドロス3世の生涯を描いた叙事詩で、『栄誉の書』（シャラフ・ナーマ）と『幸運の書』（イクバール・ナーマ）の前後２部からなる。 
第一部『栄誉の書』（シャラフ・ナーマ Sharaf Nāma）は約6,500句からなり、イスカンダルの誕生から諸国征服までが描かれ、偉大なる世界征服者としてのイスカンダルを主題とする。1196年から1200年までに作詩された。 
第二部『幸運の書』（イクバール・ナーマ Iqbal Nāma ）は『英知の書』（ヒラド・ナーマ Khirad Nāma ）とも呼ばれ約3,700句からなり、預言者、哲学者としてのイスカンダルを描く。イスカンダルの帝王としての英知やアリストテレスなどの哲学者たちとの対話を主題とする。1200年から死の直前までに完成した。 
また、1188年に編まれた、頌歌と詩から成る詩集が知られている。

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         <pubDate>Fri, 17 Apr 2009 07:44:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ハス</title>
         <description><![CDATA[ハス（蓮、学名：Nelumbo nucifera）はハス科の多年性水生植物。蜂の巣状の花托に果実が実ることからハチス→ハスという名になったと言われている。根の部分（実際は地下茎）は食用にされ、蓮の根すなわち蓮根（レンコン）と呼ばれる。
原産地はインド亜大陸とその周辺（現在のアフガニスタンからベトナムを含む）。地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出す。草高は約1ｍ、茎に通気のための穴が通っている。水面よりも高く出る葉もある（スイレンにはない）。葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる（ロータス効果）。花期は7?8月で白またはピンク色の花を咲かせる。インドの国花。

園芸品種も、小型のチャワンバス（茶碗で育てられるほど小型の意味）のほか、花色の異なるものなど多数ある。

ハスの花はレンゲ（蓮花）と呼ばれ、7月の誕生花であり、夏の季語。七十二候の小暑（7月7日ごろ）には、次候に「蓮始開（蓮の花が開き始める）」とある。花言葉は「雄弁」。早朝に咲き昼には閉じる。インドとスリランカでは国の花に指定されている他、中華人民共和国マカオの区旗にもデザインされている。

マメ科のゲンゲや、中華料理などで使用する散蓮華もレンゲと呼ばれる。これらはハスの花と形が似ていることから名付けられた。

なお、果実の皮はとても厚く、土の中で発芽能力を長い間保持することができる。昭和26年（1951年）3月、千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から2000年前の弥生時代後期のものであると推定された（大賀ハス）。その他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され、800年ぶりに発芽に成功した例（中尊寺ハス）や埼玉県行田市のゴミ焼却場建設予定地から、およそ1400年から3000年前のものが発芽した例（行田蓮）もある。

近年の被子植物のDNA分岐系統の研究から、スイレン科のグループは被子植物の主グループから早い時期に分岐したことがわかってきた。しかしハス科はそれと違って被子植物の主グループに近いとされ、APG分類体系ではヤマモガシ目に入れられている。

利用 [編集]
観賞用、食用として湿地で栽培される。

地下茎 [編集]
地下茎はレンコン（蓮根）として食用になる。日本では茨城県で多く栽培されており、中国では湖北省、安徽省、浙江省などが産地として有名である。中国では、すりつぶして取ったでん粉を葛と同様に、砂糖とともに熱湯で溶いて飲みものとする場合もある。また撥水性の葉と茎がストロー状になっている性質から、葉に酒を注いで茎から飲む象鼻杯（ぞうびはい）という習慣もある。

 葉 [編集]
葉については「蓮の葉」を参照。

 種子 [編集]
果実（種子）にもでん粉が豊富であり、甘納豆や汁粉などとして可食である。中国や台湾では餡にして、月餅、最中などの菓子に加工されることも多い。また、蓮肉（れんにく）という生薬として、鎮静、滋養強壮作用がある。

 芽 [編集]
果実の若芽は、果実の中心部から取り出して、茶外茶として飲用に使われる。ベトナムでもハス茶（蓮花茶）と言う蓮の花を使った茶を飲む。

茎 [編集]
ベトナムでは茹でてサラダのような和え物にして食べる。 
茎の表皮を細かく裂いて作る糸を「茄絲（かし）」、茎の内部から引き出した繊維で作る糸を「藕絲（ぐうし）」と呼び、どちらも布に織り上げる等、利用される。 
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 宗教的意味合い [編集]

 ヒンドゥー教 [編集]
古代インドでは、ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などにおいて、ハスは特徴的なシンボルとして繰り返し登場する。例えば、『バガヴァッド・ギーター』11章で、クリシュナは「蓮華の目を持つ者よ」と美称され、アルジュナは「ハスの上に座す梵天（最高神）を、そしてシヴァ神、あらゆる賢者たち、聖なる蛇たちをわたしは見ます」と語る。[1] 同5章の記述「結果を最高神に任せ執着なく義務を遂行する者は、罪に迷わない。あたかもハスの葉に水が触れぬがごとく」は[2]、後の仏教における「ハス」の象徴的用法と近いものを含む。泥から生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴のようにとらえられ、このイメージは仏教にも継承された。

多神教信仰から女神崇拝が生まれその為、古代インドでは女性に対する4段階の格付けが生まれ上からパドミニ（蓮女）、チトリニ（彩女、芸女）、シャンキニ（貝女）、ハスティニ（象女）といい最高位の「蓮女」の象徴としてラクシュミーという女神が、崇拝された。

仏教 [編集]
仏教では釈尊が蓮華の上で瞑想する絵が描かれ、極楽浄土の象徴とされる。そのため、蓮華をかたどった台座に仏像を乗せたり、厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしている。また、主に寺院で仏前に「常花」（じょうか）と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれている。一方で、仏教国チベットでは標高が高く生育しないため、想像でかかれたのかチベット仏教寺院では日本に比べ、かなり変形し、その絵はほんのり赤みがかった白い花として描かれている。

また死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源になっている。

「白龍山寶珠寺」（はくりゅうさんほうしゅじ）和歌山県新宮市木ノ川360番地の蓮池には、毎年7月から8月末までの間に、白蓮が開花する。宝珠寺の古文書によると、200年前より蓮池が存在し、蓮もそれに由来する。蓮の葉が80cm以上で大きく、花も開花すると30cmと大きい。

密教 [編集]
密教においては釈迦のみならず、ラクシュミー（蓮女）である吉祥天女を本尊として信仰する吉祥天女法という修法があり、蓮は特別な意味を持つ。

 異称 [編集]
蓮（ハチス）、芙蓉（フヨウ）、蓮華（レンゲ）、不語仙（フゴセン）、池見草（イケミグサ）、水の花（ミズノハナ）


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         <pubDate>Thu, 02 Apr 2009 15:13:19 +0900</pubDate>
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         <title>カセレス</title>
         <description><![CDATA[カセレス（Cáceres）は、スペインの都市。エストレマドゥーラ州カセレス県の県都である。人口は90,750人（2006年）。

カセレスの近くには先史時代から人間が住んでおり、マルトラビエソとエル・コネハルの洞窟からその証拠が見つかる。都市は紀元前25年にローマ人によって建設された。

古い市壁に囲まれた旧市街は「カセレスの旧市街」として1986年に世界遺産に登録された。旧市街の一部はコウノトリの巣の多さでも知られている。現代化の跡がない中世の町並みを完璧に残しているため、多くの映画がここで撮影されている。

カセレスにはエストレマドゥーラ大学と2つの天文台もある。
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見所 [編集]
星の門（Arco de la Estrella） 
ブハコの塔（Torre de Bujaco） 
サンタ・マリア教会（Iglesia de Santa María） 
カルバハル邸（Palacio de Carvajal） 
カセレス博物館（Museo de Cáceresl） 
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         <pubDate>Wed, 18 Mar 2009 14:01:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>巨大企業・高見沢グループの総帥を務める実業家</title>
         <description><![CDATA[高見沢逸郎（たかみざわ いつろう） / 仮面ライダーベルデ 
38歳。TVSP版にのみ登場。巨大企業・高見沢グループの総帥を務める実業家。全てを手に入れたかに見える彼だがその欲望は尽きることはなく、超人的な力を得るために仮面ライダーとなった。イニシアチブをとるのが上手く、普段は紳士的で、契約モンスターの特性を活かした戦術と、生来のカリスマ性から、他のライダーからは一目置かれる存在。しかしその本性は過激かつ粗暴で、他のライダー達を利用して龍騎とライアの抹殺を計るなど、目的の為には手段を選ばない卑劣漢である。 
終盤ナイトに致命傷を与えるが、直後に彼が捨て身で放った飛翔斬で爆死、相打ちとなる。 
神崎の代理人 / 仮面ライダーオーディン 
神崎士郎の代理ともいえる仮面ライダーオーディンに変身する人物。当初は神崎自身が変身しているかと思われたが、神崎士郎の傀儡的存在であり、変身者自身の意思は感じられない。「最後に勝ち残ったライダーと戦う」ことを目的とする。 
作中でナイトに2度、龍騎に1度倒されたが、カードデッキだけは破壊されずに残っていたためその後も何度も出現した。 
「超全集 最終巻」では士郎が無作為に選んだ人物が変身していると記述されており、実際劇中でも神崎が浮浪者らしき男の前に立ち、カードデッキを渡すかの様な描写がなされているが、実際に渡す描写は無かった為、その真偽は不明である。台本にも神崎がカードデッキを渡すまでが書かれているが、そのシーンは本篇ではない。 
TVSP版では何故か他のライダー達と共闘、龍騎のカードデッキを割る。 

擬似ライダー
仲村創（なかむら はじめ） / オルタナティブ 
25歳。清明院大学・江島研究室に所属していた大学院生。神崎士郎の実験には唯一参加していなかったため難を逃れたが、それにより研究室の仲間を全員失った事で、神崎兄妹に強い憎しみを抱く。感情的で短気な性格。 
後に香川や東條と出会って真相を知り、神崎への復讐のためにオルタナティブとなり香川に協力、優衣の命を狙う。ミラーワールドの脅威から人を守るというよりも復讐心の方が強かったことから、東條に自分の信じる“英雄”の姿に相応しくないと判断され、タイガのクリスタルブレイクによる奇襲を受けて死亡。 
香川英行（かがわ ひでゆき） / オルタナティブ・ゼロ 
37歳。後半の主要人物。清明院大学教授。瞬間記憶能力の持ち主であり、若くして教授の地位に就いた天才。神崎の在学時代に彼の研究資料を偶然読んだことで、ミラーワールドについて知ることとなり、後にその記憶をもとに研究を重ねた末、ミラーワールドと神崎の目的の全容を自ら解明。神崎の研究とミラーワールドによる脅威を止めるため、仲村と東條を率いて優衣の抹殺を画策、神崎の資料とタイガのカードデッキを基に疑似ライダー・オルタナティブを開発、自らもオルタナティブ・ゼロに変身し戦う。知的で滅多に感情を表さないが、東條が理想の英雄像を重ねるほどの強い正義感の持ち主。妻・典子、息子・裕太との3人家族で、妻子に対しては深い愛情を抱く。 
「多くを救うために一つを犠牲にする勇気」という信条を持ち、それを「英雄の覚悟」と説いて東條の信頼を獲得、愛する家族をも顧みず優衣抹殺を進める。しかし、東條の偏った英雄感に対して警戒心を抱き、自身の家族と触れ合わせることで彼に人間性を取り戻させるなどの説得を試みたが、逆にそれが東條の憎悪を招く結果となり、予期せぬタイガの心変わりによって襲撃され、クリスタルブレイクを受け死亡した。彼の遺した研究資料は、東條から真司のもとに渡ることとなり、真司にミラーワールドや優衣の真実を知らしめることとなった。 

その他
神崎優衣（かんざき ゆい） 
19歳。1983年1月19日生まれ、ライダー同士の戦いを止めるために失踪した兄・士郎を探している少女。劇中当初から蓮と行動を共にしているが、蓮に完全に賛同している訳では無く彼の戦いも止めようとしていた。 
兄の士郎は彼女のある事情からライダー同士の戦いを仕組んでおり、彼女自身は戦いを望まないにも関わらず元凶となっている。終盤、ミラーモンスターの発生の真相に絡んで彼女の正体が明らかとなる。 
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神崎士郎（かんざき しろう） 
25歳。1977年9月29日生まれ、清明院大学・江島研究室に所属していた大学院生。旧名は高見士郎（たかみ しろう）。優衣の兄。アメリカでは死亡したことになっている。人を仮面ライダーに変身させる技術を開発し、ライダー同士の戦いを仕組んだ張本人。オーディンのライダーデッキを所有しているが、ミラーワールドの存在となったことで実体がなく、自分では変身出来ない（詳細は不明）。ライダーバトルが遅々として進まないことに業を煮やしており、戦いを活性化させるべく浅倉をライダーとして選定したり、戦いを拒む手塚や真司にサバイブのカードを与えたりと、舞台の裏で暗躍する。優衣の事に関しては見境がなくなる。主に鳳凰型のモンスターを従えており、邪魔者や優衣に危害を加える者の抹殺をさせていた。 
大久保大介（おおくぼ だいすけ） 
36歳、OREジャーナルの社長兼編集長。真司の大学時代の先輩でもある。大手新聞社を辞めて会社を設立した。お調子者だが熱いジャーナリズムとタフな精神の持ち主。トラブルを多く引き起こす真司には手を焼いているが、彼の非凡な行動力と誠実さを誰よりも理解、信頼している、真司にとっては兄のような存在。 
ライダーバトルに気を取られ仕事を疎かにする真司の行動に疑問を抱くが、真司への信頼から減給処分のみで追及は行わないことに決める。終盤で令子とともにミラーワールドや仮面ライダー、そして真司がライダーとして戦ってきたことを知り、その苦悩を受け止めた上で大久保が送ったアドバイスにより、真司は自分の願いを見つけ出した。 
桃井令子（ももい れいこ） 
24歳、OREジャーナルのジャーナリストで、真司の先輩。疑惑解明のためならば、些細なことでも徹底的に追求する有能さと、危険な仕事でも逃げないジャーナリズムを併せ持ち、真司は彼女を目標としている。連続行方不明事件及び、浅倉関連記事の担当者でもある。強い責任感を持つ気丈な性格であり、取材で知り合った北岡にそこを気に入られ、積極的なアプローチを受けていた。 
人間業では不可能な脱走を繰り返す浅倉を調査するうち、同じく周囲に人間の消滅が付きまとう神崎士郎の存在を突き止め、連続行方不明事件に神崎と「鏡」が関係しているという仮説にたどり着く。そして神崎の日米での母校と、浅倉護送の際に鏡の排除を徹底した北岡の身辺を中心に、独自の取材を行った結果、神崎がアメリカに遺した研究資料を獲得、ミラーワールドやモンスターについての真相を突き止めることに成功した。 
島田奈々子（しまだ ななこ） 
23歳、OREジャーナルのシステム担当。イグアナのマリリンを社内の給湯室でペットとして飼っている。コンピューターに関する知識は一流で、顧客データを盗んだ芝浦の言葉をきっかけに彼が作り出したプログラムの破壊ウィルスを短時間で作ったこともある。途中からOREジャーナルのメンバーとなっためぐみとはコンピュータの扱い等から折り合いが悪いらしく、彼女が入社してからは毎日喧嘩している。 
マリリンの野外撮影をしていた際、その写真の背景にあった窓ガラスに偶然ギガゼールが映ったことで、鏡の中の人智を超えた存在をOREジャーナルメンバー全員に知らしめることとなり、偶然ながらも真実の解明に大きく貢献した。 
浅野めぐみ（あさの -） 
25歳。北岡秀一の元秘書。拳法の達人ゆえボディーガードに最適と判断した北岡に雇われたが、あまりにも不器用であったため解雇されていた。その後移動ラーメン屋「みちのく」をやっていたが、大久保に気に入られOREジャーナルに入社した。本来はジャーナリスト志望だったが、専門学校で間違って秘書課を受験したため、とりあえず秘書になった。緊張すると貧血により気を失う体質で、それを不治の病と勘違いしていた。パソコンに変なニックネームをつける癖がある。 
神崎沙奈子（かんざき さなこ） 
45歳。優衣と士郎の叔母で喫茶店「花鶏（あとり）」のオーナー。海外旅行が趣味で、花鶏である程度売り上げがたまったら、それを資金としてあらゆる国へ放浪する。最近もヒマラヤから帰ってきたばかりで、次はアマゾンに行きたいと思い同好会によく参加している。心は広いがかなりの変人で、「あたしの勘に間違いはないわ」が口癖だが、ほとんど当たらない。真司と蓮を気に入り、暇な時に店で働くという条件で下宿させている。 
士郎がアメリカで死亡したことは知っていたが、士郎が高見家に引き取られる際に口にした「優衣が20回目の誕生日に消える」という言葉を勘で信じていたために、優衣にはそれを伏せていた。 
小川恵里（おがわ えり） 
24歳。蓮の恋人で、清明院大学・江島研究室に所属していた大学院生。神崎士郎の実験に参加し意識不明になる。この実験のせいでダークウィングに命を狙われるようになったらしいが詳細は不明。途中、一時的に意識を取り戻す。最後の日、蓮から与えられた「新しい命」で眼を覚ます。 
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         <pubDate>Tue, 03 Mar 2009 10:05:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Alive (AVG版)</title>
         <description><![CDATA[『Alive』（アライヴ）は、1999年12月3日にアダルトゲームメーカーWitch（ウィッチ）より発売された18禁恋愛アドベンチャーゲームである。

正当な続編は存在しないが、18禁ゲームには数少ない様々な人間関係の絡み合うストーリーから人気は高く、リメイク版『Alive Renewal』も2001年に製作されている。また、このストーリーの登場人物達の一部、またはその子孫達が、後に同じメーカーで発売される『Milkyway』シリーズで活躍する事になる。その事から、一部の『Milkyway』ファンの中には、本作を『Milkyway0』と呼ぶ者もいる。また、本作だけで物語の全貌を垣間見ることは不可能であり、物語の謎を解き明かすには本作のほかに『Rebirth』、『Fake』、『Milkyway』、『Milkyway2』をプレイする必要があるだろう。
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ストーリー
主人公・祐二は、恋人となった坂上柚木と幼馴染みである沢木祐里子の3人でいつも行動を共にしていた。たとえ、祐二と柚木が付き合いだしても、その関係に変化が訪れる事はなかった。祐二は、今まで自分が知らなかった柚木の姿を知り、ますます彼女と惹かれ合っていくが、その幸せはある日、音を立てて崩れ去る。自らの目の前で柚木が車に撥ねられ、倒れた彼女は二度と目を開くことなくこの世から去った。このショックで、祐二は殻に閉じこもる日々を送る事になり、それを心配する祐里子をはじめとする友人達は、何とか彼に立ち直ってもらおうとする。しかし、それでも祐二は柚木との思い出という過去に支配されたままであった。祐二は過去とどう向かい合うのか…?

 登場人物
木原祐二（きはら ゆうじ） 
主人公。恋人の柚木を目の前で失った事で、自分の殻に閉じこもるようになり、彼を中心に物語は進んでいく。 
最終的には久遠と結ばれ、彼女との間に娘を一人もうける。その娘である高坂繭は、『Milkyway』に登場。一説では祐里子との間にも子供が生まれ、それが『Milkyway2』に登場する沢木祐美ではないかといわれている。 
坂上柚木（さかがみ ゆずき） 
メインヒロインの一人。祐二は、清楚で大人しいというイメージを持っていたが、実際はどこにでもいる普通の少女で社交的。友達も多く、親友である祐里子の後押しも会って遂に祐二と付き合う事になったが、幸せは長く続かず、交通事故でこの世を去ってしまう。 
『Milkyway2』では、幽霊として登場という衝撃的な設定となっており、結婚後の祐二一家に取り憑いているようである。 
沢木祐里子（さわき ゆりこ） 
メインヒロインの一人。祐二とは小学校時代からの腐れ縁で、周囲の男子からはキツめの性格と思われている。ずっと祐二の事を一途に思っていたが、高校時代に親友になった柚木も祐二に想いを寄せていた事で、自ら身を引いてしまう。祐二が柚木を失った事で殻に閉じこもってからは、彼の為に尽力。次第に祐二への想いを抑えきれなくなり急接近するが、柚木を裏切ってしまうという自責感から、精神が不安定になり始めてしまう。 
『Milkyway』のストーリーでは、「坂上柚木」の芸名で、人気女優として活躍中。また、『Milkyway2』では、彼女の娘である沢木祐美が登場。誰との間に生まれたかは明かされていないが、一説では、祐二との間に生まれたのではないかと言われている。更に『Milkyway3』では、祐里子の孫となる沢木祐姫が、「坂上柚香」という芸名でアイドル活動をしている。 
高坂久遠（こうさか くおん） 
主人公を慕い、彼を「お兄ちゃん」と呼ぶ少女。清楚な外見と裏腹にかなりのお転婆娘で、妹いうよりむしろ弟に近い存在。ある日突然性格が変わり、祐二に対して積極的にアタックしてくるが、奇妙な言動と同時に予知能力まで見せ始めるようになる。 
ストーリー後、祐二との間に娘、高坂繭が生まれ、『Milkyway』で活躍している。久遠自身も『Milkyway2』で、繭のマネージャーとして登場。 
御幸菜摘（みゆき なつみ） 
とある原因で祐二と出会った双子姉妹の姉。それ以来、何かと祐二に因縁（？）をつけてくる。妹の春菜と性格は反対で、やたらと気が強い上に口が悪い。 
御幸春菜（みゆき はるな） 
菜摘の双子の妹。菜摘が祐二と出会った事で、春菜もまた祐二と関わる事になる。姉の菜摘とは対照的にとても大人しくあまりしゃべる事はないが、仲は非常に良い。祐二と同様、大切な人を失っているが実は…。 
神代夜美（かみしろ よみ） 
リメイク版のみ登場。祐二達が通っている学校に保険医として赴任してきたミステリアスな雰囲気の漂う女性。人気はあるが、なぜか時折、柚木と久遠に冷たい視線を向ける事もある。 
如月刹那（きさらぎ せつな） 
リメイク版のみ登場。神社の娘で、神剣「草薙」を常に携帯している危ない少女。久遠の事をライバル視しているようだが…。 
赤川 孝（あかがわ たかし） 
祐二の親友。普段は部活で忙しい為、主人公達と共にいる事は少ない。祐里子に想いを寄せていたが、彼女は柚木と結ばれていてもなお祐二に想いを寄せ続けていた為、その思いが伝わる事はなかった。 
『Milkyway』シリーズに直接関わってくる事は無いが、孝の息子である赤川裕樹が、『Milkyway2』の主人公として登場する。 
沢木万里江（さわき まりえ） 
祐里子の母親。ひたすら押しが強く、お茶目な性格をしている。その強引過ぎる性格が災いして、娘の祐里子からも時々邪険にされてしまう事もある。 
『Milkyway2』にも登場している。孫の沢木祐美を心配して何度もMilkyway（注：同シリーズの舞台となる喫茶店）に訪れているが、やはり強引過ぎる性格が災いして祐美からは嫌われている。 

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         <pubDate>Thu, 12 Feb 2009 13:13:20 +0900</pubDate>
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         <title>ガブリエル・フォーレ</title>
         <description><![CDATA[ガブリエル・ユルバン・フォーレ（Gabriel Urbain Fauré, 1845年5月12日 - 1924年11月4日）はフランスの作曲家である。甘美で官能的な旋律と宗教的な崇高さを合わせ持つ作風で、『レクイエム』はとくに名高い。Fauréのフランス語の発音に近い表記は、「フォレ」である。

フランス南部、ミディ＝ピレネー地域圏のアリエージュ県、パミエで教師だった父の元に一女五男の末っ子として生まれた。一家にそれまで音楽家になったものはいなかったが、幼い頃から教会のリード・オルガンに触れるうちに天性の楽才を見出される。フォーレはパリの宗教音楽学校だったニーデルメイエール古典宗教音楽学校にて音楽の勉強をし、師であったルイ・ニーデルメイエールの死後、1861年に教師としてやってきたカミーユ・サン＝サーンスにピアノと作曲を師事した。1865年に卒業したのち、旅行先のレンヌにて教会オルガニストの職を得た。1870年、フランスに戻ったときには当時勃発していた普仏戦争において、歩兵部隊に従軍志願している。のち、パリのマドレーヌ教会でオルガニストとなり、1896年にはマドレーヌ教会の主席ピアニストに任じられ、またフランス国立音楽・演劇学校の教授にもなっている。1871年にはサン＝サーンス、フランクらとともにフランス国民音楽協会の設立に参加している。

父親の死後に作曲された『レクイエム』は彼の代表作の1つである。他の管弦楽や声楽を含んだ大規模作品として、歌劇『ペネロープ』、『プロメテ』、組曲『マスクとベルガマスク』、同『ペレアスとメリザンド』などがある。

しかし、むしろ小規模編成の楽曲を好み、室内楽作品に名作が多い。それぞれ2曲ずつのピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタと、各1曲のピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲がある。

また『バラード　作品19』、『主題と変奏　作品73』、『舟歌』、『夜想曲』、『即興曲』、『ヴァルス・カプリス』、『前奏曲　作品109』など生涯にわたって多くのピアノ曲を作った。

歌曲でも『夢のあとに』(Après un rêve)、『イスファハーンの薔薇』(Les roses d'Ispahan)、『祈り』(En prière)、ヴェルレーヌの詩に曲をつけた『月の光』(Clair de lune)、20篇のうち9篇を選んで作曲した『優しい歌』(La Bonne Chanson)などかなりの数の歌曲を残している。

晩年には、難聴に加えて高い音がより低く、低い音がより高く聞こえるという症状に悩まされながら作曲をつづけた。ピアノ五重奏曲第1番以降の作品は、そうした時期のもので、次第により簡潔で厳しい作風へと向かっていった。

肺炎のためパリで死去。マドレーヌ教会で『レクイエム』の演奏されるなか国葬が行われ、パリのパッシー墓地に葬られた。

フォーレの音楽の特徴

音楽史的な位置
フォーレは、リスト、ベルリオーズ、ブラームスらが成熟期の作品を生み出していたころに青年期を過ごし、古典的調性が崩壊し、多調、無調の作品が数多く書かれ、微分音、十二音技法などが試みられていたころに晩年を迎えている。なかでも、調性崩壊の引き金を引いたワーグナーの影響力は絶大で、同時代の作曲家は多かれ少なかれ、ワーグナーにどう対処するかを迫られた。

こうした流れのなかで、フォーレの音楽は、折衷的な様相を見せる。ワーグナーに対しては、ドビュッシーのようにその影響を拒否するのでなく、歌劇『ペネロープ』でライトモティーフを採用するなど一定の影響を受けつつも、その亜流とはならなかった。形式面では、サン＝サーンスの古典主義に引きこもることはしなかったが、その作品形態は当時の流行を追わず、古典主義的な楽曲形式を採用した。調性においては、頻繁な転調のなかに、ときとして無調的な響きも挿入されるが、旋律や調性から離れることはなかった。音階においては、旋法性やドビュッシーが打ち立てた全音音階を取り入れているが、これらに支配されたり、基づくことはなかった。

このように、フォーレは音楽史上に残るような新たな様式を打ち立てたり、「革新」をもたらしたりしてはいない。また、フォーレの音楽は、劇的表現をめざすものではなかったので、大規模管弦楽を擁する大作は必然的に少ない。ただし、和声の領域では、フォーレはシャブリエとともに、ドビュッシー、ラヴェルへの橋渡しといえる存在であり、19世紀と20世紀をつなぐ役割を果たしている。とくに、調性と旋法性の融合という点において、フォーレの和声には独自性が見られ、まさに時を越えた作曲家なのである。

フォーレの音楽の変遷
フォーレの音楽は、便宜的に初期・中期・晩年の三期に分けられることが多い。初期の代表作として、ヴァイオリン・ソナタ第1番（作品13）やピアノ四重奏曲第1番（作品15）があるが、この時期の作品は親しみやすく、とくにヴァイオリン・ソナタ第1番は、フォーレの全作品中おそらくもっとも演奏機会の多い曲である。夜想曲では第1番から第5番、舟歌では第1番から第4番が相当する。初期の作品には、明確な調性と拍節感のもとで、清新な旋律線が際だっている。旋律を歌わせる際にはユニゾン、伴奏形には装飾的かつ流動的なアルペジオが多用される。ユニゾンとアルペジオは、フォーレの生涯にわたって特徴的に見られるが、この時期のそれは、もっぱら音色の効果や装飾性の域を脱するものではない。チェロとピアノのための『エレジー』（作品24）では、中期を予想させる精神性がかいま見られる。

フォーレの中期あるいは第二期は、ピアノ四重奏曲第2番（作品45）、『レクイエム』（作品48）、『パヴァーヌ』（作品50）などが作曲された1880年代の後半から、ピアノ五重奏曲第1番（作品89）が完成した1900年代前半までと見られ、他に『主題と変奏』（作品73）、『ペレアスとメリザンド』（作品80）などがある。夜想曲では第6番から第8番、舟歌では第5番から第7番が相当する。初期の曲に見られる、輝かしく外面的な要素は、年を経るに従って次第に影を潜め、より息の長い、求心的で簡素化された語法へと変化していく。初期の音楽と比べて、これをフォーレの「後退」とみる評者もある。また、ひとつひとつの音を保ちながら、和声をより流動的に扱うことにより、拍節感は崩れ、内声部は半音階的であいまいな調性で進行するようになる。こうした微妙な内声の変化のうえに、調性的・旋法的で簡素な、にもかかわらず流麗なメロディをつけ歌わせるというのが、フォーレの音楽の特色となっている。

歌劇『ペネロープ』やヴァイオリン・ソナタ第2番（作品108）が作曲された1900年代後半からは、晩年と見られる。夜想曲では第9番以降、舟歌では第8番以降。耳の障害が始まり、扱う音域も狭くなり、半音階的な動きが支配的で、調性感はより希薄になっていく。しかし、この時期の一連の室内楽作品は、壮大な規模と深い精神性を湛えた傑作群である。ピアノ五重奏曲第2番（作品115）やピアノ三重奏曲（作品120）では、冒頭にピアノによるアルペジオが見られるが、もはや華やかさとは無縁の、単純化された音型であり、弦のユニゾンもまた、抽象的な高みへの追求あるいは収斂性として働いている。最晩年に作曲された弦楽四重奏曲（作品121）は、唯一ピアノを含まない室内楽作品であるが、輪郭のはっきりとしたピアノの打音が退けられた結果、音楽はより幽玄な情緒を帯びており、ときに晦渋な作風を印象づける。

アール・ヌーヴォーとの関連
フォーレ研究家として知られるジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、著書『ガブリエル・フォーレ』のなかで、同時代の文学者マルセル・プルーストがフォーレの音楽に魅了されていたとし、プルーストとフォーレをともにアール・ヌーヴォーに属する芸術家として位置づけた上で、「そのまがりくねり互いに絡み合った長いフレーズと常時現れる花にまつわる主題は、まさに1900年の芸術を象徴するものである。」と述べている。

一般に、アール・ヌーヴォーは19世紀末から20世紀初頭の装飾美術・デザインに適応される様式概念であり、ネクトゥーの説はこれを文学、音楽に敷衍させたものといえる。この指摘は、アール・ヌーヴォーのもつ装飾性や、コントラストでなく曲線重視といった表現性を、フォーレの音楽性と通じるものとしてみている。この観点からは、フォーレの別の側面が見えてくることも事実である。装飾的な音型がメロディーに同化している点で、初期の歌曲『夢のあとに』がまず挙げられる。さらに、「舟歌」をはじめとして、アルペジオへのフォーレの傾斜は、晩年まで見られる特徴である。ただし、「装飾音」であっても、その効果あるいは意図するところは、すでに述べたように、初期と晩年では相当に違っている。

フォーレは「サロン音楽」の作曲家か
フォーレは、当時のサロンで受け入れられたため、ドビュッシーを初めとして、フォーレの作品を「サロン音楽」と矮小化して受けとめる風潮も現在まで存在する。もちろん、フォーレの音楽に、サロンで受け入れられるべき要素が含まれていることは否定できない。とはいえ、フォーレの音楽は、とくに中期から晩年にかけてのそれは、規模の小さな作品においても、ただ柔らかく上品で、洗練されているというだけで終わってはいない。ごく自然に流れる音の流れが、実は伝統的なあらゆる手法を駆使した、独自の緻密な構成によっている。

1906年に、フォーレは妻にあてた手紙でピアノ四重奏曲第2番のアダージョ楽章について触れ、「存在しないものへの願望は、おそらく音楽の領域に属するものなのだろう」と書いている。また、1908年には次男フィリップに「私にとって芸術、とりわけ音楽とは、可能な限り人間をいまある現実から引き上げてくれるものなのだ」と書き残している。このように、フォーレの音楽には、現実を超えた高みへの憧れが盛り込まれ、これに耳を傾ける者の感動を誘うのである。

フォーレは死の2日前、二人の息子に次のような言葉を残している。「私がこの世を去ったら、私の作品が言わんとすることに耳を傾けてほしい。結局、それがすべてだったのだ……」

教育者としてのフォーレ
フォーレは1896年にマスネの後任としてフランス国立音楽・演劇学校の作曲科教授となっており、その門弟にはモーリス・ラヴェル、ジャン・ロジェ＝デュカス、ジョルジェ・エネスクらがいる。

ラヴェルがローマ大賞を落選した、いわゆる「ラヴェル事件」により1905年にはテオドール・デュボワの後任として音楽院院長となり（1920年まで）、音楽院改革を行った結果《ロベスピエール》とあだ名されるようになったが、このときの改革のうち入学前の生徒の教授との癒着を避けるため、音楽院の外部者に入学審査を行わせたことは、現在でも入学審査に必ず音楽院の外部者が加わっているというかたちで受け継がれている。このように彼は優れた音楽教育者としても知られている。

フォーレの女性関係
『レクイエム』で知られ、教会オルガニストであったことから敬虔なカトリック教徒というイメージが強いが、フォーレ自身、必ずしもそうでないことを認めている[1]。

実際、若いころのフォーレは享楽的な傾向を持ち、1883年に彫刻家エマニュエル・フルミエの娘、マリーと結婚した後も、90年代前半はのちにドビュッシー夫人となったエンマ・バルダックと、後半はイギリスの楽譜出版社の夫人のアディーラ・マディソンと関係を持ち、そして1900年『プロメテ』初演時にアルフォンス・アッセルマン（ハーピスト・作曲家）の娘、マルグリット・アッセルマンと出逢い、そののち彼女を生涯旅行などに付き添わせるといった愛人たちとの交際を続けた。

主要作品
以下「Op.」以下の数字は作品番号を示す。

管弦楽曲
カリギュラ Op.52（Caligula,1888年） 
舞台音楽の最初の作品。大デュマの同名の悲劇再演のために小デュマから依頼を受け、わずか数ヶ月で書き上げた。劇付随音楽としての初演は1888年11月8日。その後、演奏会用の版をフォーレ自身が作成し、翌年の4月6日に国民音楽協会の演奏会で初演された。 
ペレアスとメリザンド Op.80（Pelléas et Mélisande,1898年） 
別項参照 
マスクとベルガマスク Op.112（Masques et Bergamasques,1919年） 
【1. 序曲 / 2. パストラール / 3. マドリガル / 4. いちばん楽しい道 / 5. メヌエット / 6. 月の光 / 7. ガヴォット / 8. パヴァーヌ】 
舞台音楽としては最後の作品。ただし、8曲中4曲はすでに作曲されていた他の作品を取り込んだもので、新たに作曲されたのは第1, 2, 5, 7曲のみ。旧作の第6曲、第8曲は単独で演奏され親しまれている。ルネ・フォーショワの台本による。初演は1919年4月10日モンテカルロ。詳細は別項参照。 

協奏曲
ピアノと管弦楽のためのバラード Op.19（1880年） 
全体は3部からなる。（Andante cantabile - Allegro moderato - Andante ただし第2部は出版譜によりAllegretto moderato）主調は嬰ヘ長調。全曲を通して3つの主題が執拗に反復されるだけの珍しい形式をとっている。初期の未熟さと才能の萌芽が同時に示された作品である。 

室内楽曲
ピアノ五重奏曲第1番 ニ短調 Op.89（1903 - 06年） 
【1. Molto moderato / 2. Adagio / 3. Allegretto moderato】 
この作品を作曲していた当時、フォーレは聴覚範囲が狭まり高音と低音がピッチの違う音として聞こえるという聴覚障害に悩まされるようになった。そんな状態でありながらフォーレはこの精妙な和声の造化を創り上げたのだった。1906年3月、作曲者のピアノ、イザイの弦楽四重奏団の演奏で初演され、イザイに献呈された。作曲者の手紙によると、イザイはこの曲の若々しさ、純粋に音楽的であることに狂喜したという。 
ピアノ五重奏曲第2番 ハ短調 Op.115（1919 - 21年） 
【1. Allegro moderato / 2. Allegro vivo / 3. Andante moderato / 4. Allegro molto】 
1920年にフォーレは音楽院を辞職した。これにより作曲に充てられる時間は増えたものの、経済的な不安を抱え込むことになった。ロベール・ロルタのピアノとエッキャン四重奏団により行われた初演は大成功で聴衆全員のスタンディング・オベーションで迎えられ、批評家からも支持された。この作品は後輩のポール・デュカスに献呈された。 
弦楽四重奏曲 ホ短調 Op.121（1924年） 
【1. Allegro moderato / 2. Andante / 3. Allegro】 
フォーレ最後の作品。ピアノを含まない唯一の室内楽作品でもある。そのため深い諦念の響きが色濃い。フォーレはこの作品を弟子に見せ、「君がよく見て、おかしいところがなければ発表してくれ」と頼んだといわれる。彼の謙虚な人柄を物語るエピソードである。初演は作曲者の死後1925年6月12日にフランス国立音楽・演劇学校で行われた。 
ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 Op.15（1879年） 
【1. Allegro molto moderato / 2. Scherzo / 3. Adagio / 4. Allegro molto】 
マリアンヌ・ヴィアルドとの婚約が一方的に破棄され傷心の時期に書かれた作品。長いユニゾンや突然の転調といった音色や調性上の実験的な試みが多くなされている。初演は1880年2月14日に国民音楽協会のコンサートで行われた。 
ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 Op.45（1886年） 
【1. Allegro molto moderato / 2. Allegro molto / 3. Adagio non troppo / 4. Allegro molto】 
フォーレが円熟期を迎えた時期の作品で、名作『レクイエム』の直前に書かれている。楽想、音色の色彩感、展開、いずれも申し分ない豊かさをたたえた名作である。1886年1月22日国民音楽協会のコンサートで初演された。 
ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op.120（1922 - 23年） 
【1. Allegro ma non troppo / 2. Andantino / 3. Allegro vivo】 
フォーレ自身はこの作品を「小さなトリオ」と呼んだが、弟子のフローラン・シュミットは「これこそが音楽だ。そして音楽以外の何者でもない。」と評している。公開での初演は1923年6月、アルフレッド・コルトー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルスにより行われた。モーリス・ルーヴィエ夫人に献呈された。 
ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13（1876年） 
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【1. Allegro molto / 2. Andante / 3. Allegro vivo / 4. Allegro quasi presto】 
歌曲・ピアノ曲以外で初めての本格的な作品。マリアンヌ・ヴィアルドとの恋愛が反映された幸福な作品。マリアンヌの弟ポール・ヴィアルドに献呈されている。初演は、1877年1月27日に国民音楽協会の演奏会でマリー・タヨーのヴァイオリン、作曲者のピアノで初演された。さらに翌年パリ万博の催し物としても演奏されたが、当時はあまり評判にならなかった。しかしサン＝サーンスは手紙でフォーレの才能を賞賛している。 
ヴァイオリン・ソナタ第2番 ホ短調 Op.108（1916 - 17年） 
【1. Allegro non troppo / 2. Andante / 3. Allegro non troppo】 
1916年8月16日付けの手紙で妻に、この作品に着手したことを知らせている。第1番とは40年を隔てて作曲されたこの作品は、第1番とは対照的にフォーレ晩年の簡潔で気品のある書法で書かれている。1917年11月10日国民音楽協会の演奏会でリュシアン・カペーのヴァイオリン、アルフレッド・コルトーのピアノで初演された。 
チェロ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.109（1917年） 
【1. Allegro / 2. Andante / 3. allegro commodo】 
ヴァイオリンソナタ第2番の完成にひきつづいて作曲され、1918年1月にアンドレ・エッキングとアルフレッド・コルトーにより初演された。第1楽章は、フォーレの作品には珍しい荒々しさが見られる。瞑想的な第2楽章を経た第3楽章は控えめだが長大な旋律でチェロの魅力にあふれている。 
チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.117（1921年） 
【1. Allegro / 2. Andante / 3. Allegro vivo】 
1921年にフォーレはナポレオン1世没後100年記念式典のための『葬送歌』を吹奏楽用に作曲、これをチェロソナタ第2番の中間楽章に転用した。1922年5月、ジェラール・エッキングとアルフレッド・コルトーによって初演された。ヴァンサン・ダンディは、初演の翌日「一晩たったいまでも、君の美しいチェロソナタに魅了されつづけている。アンダンテは表現力に富み、真の傑作だ」とフォーレに書き送っている。第1楽章のなだらかな曲想のためか、第1番より演奏機会が多い。 
シシリエンヌ　ト短調 Op.78（Sicilienne,1898年） 
チェロとピアノのための作品。後にペレアスとメリザンドに転用。 
『塔の中の奥方』（Une châtelaine en sa tour）イ短調 Op.110（1918年） 
ハープ独奏曲。 

ピアノ曲
『主題と変奏』（Thème et Variations）嬰ハ短調 Op.73（1895年） 
主題と11の変奏からなる。1896年12月、レオン・ドゥラフォスによって初演された。夜想曲第6番、舟歌第5番と同時期の作品であり、これらとともに、フォーレの最も充実したピアノ作品とされる。コルトーは、「音楽的な豊かさ、表現の深さ、器楽的内容の質の高さからして、あらゆる時代のピアノ音楽のうち、希有で最も高貴な記念碑のひとつ」と激賞している。 
ピアノ組曲『ドリー』（Dolly）Op.56（1893 - 96年） 
【1. 子守歌 / 2. ミ-ア-ウ / 3. ドリーの庭 / 4. キティー・ヴァルス / 5. 優しさ / 6. スペインの踊り】 
4手ピアノのための作品。「ドリー」とは、フォーレが可愛がっていた子供で、この作品を献呈されたエレーヌ・バルダックの愛称である。彼女については彼女の母、エンマ・バルダックとフォーレの関係から「エレーヌはフォーレの子ではないか」とする説もある。愛らしいメロディからなる小品集で、子供の世界を描いている点でシューマンの『子供の情景』やドビュッシーの『子供の領分』を連想させる。ちなみにドビュッシーが『子供の領分』を書いた時に題材にしたシュウシュウという愛称の子供は、エレーヌの母親エンマがドビュッシーと再婚してもうけた子供で、したがって、本作品と『子供の領分』とはまさしく姉妹作ということになる。管弦楽版（アンリ・ラボー編曲）、ピアノ独奏版などの編曲でも親しまれている。 
ヴァルス・カプリス 全4曲 
【1. イ長調 Op.30 / 2. 変ニ長調 Op.38 / 3. 変ト長調 Op.59 / 4. 変イ長調 Op.62】 
文字通り才気に満ちたワルツ集である。第1、2番はサロン的側面を持つが、第3、4番は緻密な構成をもち入念な主題処理が行われる、ショパンが開拓した芸術的なピアノ・ワルツの系譜に連なる芸術作品である。 
即興曲 全5曲 
【1. 変ホ長調 Op.25 / 2. ヘ短調 Op.31 / 3. 変イ長調 Op.34 / 4. 変ニ長調 Op.91 / 5. 嬰ヘ短調 Op.102】 
上述の5曲にハープのために書き下ろされピアノに編曲された1曲（変ニ長調、Op.86bis）を含め6曲とカウントすることもある。第3番までと後期に書かれた2曲との間にはそのスタイルに大きな隔たりがある。第3番までの3曲はサン＝サーンスの手により初演されている。 
夜想曲 全13曲 
【1. 変ホ短調 Op.33-1 / 2. ロ長調 Op.33-2 / 3. 変イ長調 Op.33-3 / 4. 変ホ長調 Op.36 / 5. 変ロ長調 Op.37 / 6. 変ニ長調 Op.63 / 7. 嬰ハ短調 Op.74 / 8. 変ニ長調 Op.84-8 / 9. ロ短調 Op.97 / 10. ホ短調 Op.99 / 11. 嬰ヘ短調 Op.104-1 / 12. ホ短調 Op.107 / 13. ロ短調 Op.119】 
夜想曲の作曲時期はフォーレの活動時期のすべてにわたっている。第13番はピアノ作品の掉尾を飾る曲である。ピアニストのマルグリット・ロンは第6番を「フォーレの最も美しいインスピレーション」と評している。この第6番と第5番との作曲時期には10年の隔たりがあり、フォーレのスタイルの変化を明らかに反映している。 
舟歌 全13曲 
【1. イ短調 Op.26 / 2. ト長調 Op.41 / 3. 変ト長調 Op.42 / 4. 変イ長調 Op.44 / 5. 嬰ヘ短調 Op.66 / 6. 変ホ長調 Op.70 / 7. ニ短調 Op.90 / 8. 変ニ長調 Op.96 / 9. イ短調 Op.101 / 10. イ短調 Op.104-2 / 11. ト短調 Op.105-1 /12. 変ホ長調 Op.105-2 / 13. ハ長調 Op.116】 
メンデルスゾーンの『無言歌』やショパンにも作例はあるが、生涯にわたって13曲もの『舟歌』を作曲したのはフォーレ一人である。6/8または12/8拍子の一定のリズムにのってゆったりとした旋律が繰り返される中、さざ波や水しぶきそれに反射する光のきらめきのような細やかなパッセージを加える舟歌の形式がフォーレのテンペラメントによく合致したのであろう。第4番まではヴェネツィアを訪れる前に作曲されており、フォーレの憧れとしてのイタリアを描き出したものといわれている。 
前奏曲集 Op.103 全9曲（1910年） 
【1. 変ニ長調 / 2. 嬰ハ短調 / 3. ト短調 / 4. ヘ長調 / 5. ニ短調 / 6. 変ホ短調 / 7. イ長調 / 8. ハ短調 / 9. ホ短調】 
フォーレがこの前奏曲集を作曲した時期は、ドビュッシーが前奏曲集第1巻を作曲した時期と重なっている。ドビュッシーの作品と異なり、フォーレは作曲意図の手がかりを残していない。フォーレは1910年の1月に最初3曲の前奏曲を出版者に渡しており、同じ年の秋にかけて残りの6曲を作曲した。 

 歌曲
夢のあとで Op.7-1（Après un rêve, 1865年頃） 
歌曲集『3つの歌』Op.7の第1曲。ロマン・ビュシーヌによるイタリア詩からの訳詩による作品。フォーレの歌曲中最も有名な作品。様々な編曲で演奏される。 
イスパハーンの薔薇 Op.39-4（Les Roses d'Ispahan, 1884年） 
歌曲集『4つの歌』Op.39の第4曲。ルコント・ド・リールの詩による作品。 
月の光 Op.46-2（Clair de lune, 1887年） 
歌曲集『2つの歌』Op.46の第2曲。ポール・ヴェルレーヌの詩による作品。これ以後の7年間、フォーレはヴェルレーヌの詩に集中的に作曲するようになる。 
五つのヴェネツィアの歌 Op.58（Cinq mélodies 'de Venise', 1891年） 
【1. マンドリン / 2. ひそやかに / 3. グリーン /4. クリメーヌに / 5. 恍惚】 
ヴェルレーヌの詩による、フォーレの最初の連作歌曲集。1891年5月にイタリアのヴェネツィア、フィレンツェに旅行したときに「マンドリン」が書かれ、その夏に全曲が完成している。 
歌曲集『優しい歌』 Op.61（La bonne chanson, 1891 - 92年） 
【1. 後光を背負った聖女 / 2. 暁の光は広がり / 3. 白い月影は森に照り /4. 私はつれない道を歩む / 5. 私は本当に恐ろしいほど / 6. 暁の星よ、おまえが消える前に / 7. それはある夏の明るい日 / 8. そうでしょう / 9. 冬が終わって】 
ポール・ヴェルレーヌの詩による歌曲集。全曲を通じていくつかの共通した動機が確認され、統一性がもたらされている。作曲当時、親密であったエンマ・バルダック（歌手でもあった）との交際とその助言に大いに触発され、後年フォーレは「『優しい歌』ほど自発的に書けた作品はなかった。少なくとも、最も感動的な歌手が備えていた自発性によって、自然と明快な表現が生み出されていったことは付け加えておかねばならない。」と述懐している。この作品を聴いたサン＝サーンスが「フォーレは完全に気が狂ってしまった」と叫んだことが知られている。フォーレ自身による、伴奏をピアノと弦楽五重奏のために編曲した版がある。 
九月の森で Op.85-1（Dans la forêt de septembre, 1902年） 
歌曲集『3つの歌』Op.85の第1曲。カチュール・マンデスの詩による作品。 
歌曲集『イヴの歌』 Op.95（La chanson d'Eve, 1906 - 10年） 
【1. 楽園 / 2. 最初の言葉 / 3. 燃えるバラ / 4. 神の輝きのように / 5. 夜明け / 6. 流れる水 / 7. 目覚めているか、太陽の香り / 8. 白いバラの香りの中で / 9. たそがれ / 10. おお死よ、星くずよ】 
シャルル・ファン・レルベルグの詩による歌曲集。1910年4月、ジャンヌ・ロネーのソプラノ（献呈も）、フォーレのピアノによって初演された。『優しい歌』のような統一性は見られない。これについてフォーレは「異なった性格の二つの詩からは必然的に二つの異なった音楽が生まれる」と語っている。 
歌曲集『閉ざされた庭』 Op.106（Le jardin clos, 1914年） 
【1. 聴許 / 2. あなたが私の目を見入るとき / 3. 使い女 / 4. 私はおまえの心に身を委ねよう / 5. ニンフの神殿で / 6. 薄暗がりで / 7. 私には大切なのです、愛の神よ / 8. 砂の上の墓碑銘】 
ファン・レルベルグの詩による2つめの連作歌曲集。より簡潔で透明な後期の様式が現れている。 
歌曲集『幻影』 Op.113（Mirages, 1919年） 
【1. 水の上の白鳥 / 2. 水に映る影 / 3. 夜の庭 /4. 踊り子】 
ルネ・ド・ブリモン男爵夫人の詩による歌曲集。1919年7月から8月にかけて一月足らずで作曲された。同年12月、マドレーヌ・グレーのソプラノ（献呈も）、フォーレのピアノによって初演された。 
歌曲集『幻想の水平線』 Op.118（L'horizon chimérique, 1921年） 
【1. 海は果てしなく / 2. 私は乗った / 3. ディアーヌよ、セレネよ /4. 船たちよ、我々はおまえたちと】 
第一次世界大戦で若くして散った詩人、ジャン・ド・ラ・ヴィル・ド・ミルモンの詩による、フォーレ最後の歌曲集。1921年秋、チェロソナタ第2番の完成後に作曲された。翌1922年5月、シャルル・パンゼラ（献呈も）の独唱とフォーレのピアノによって初演された。初演者のパンゼラは、その著書のなかで「ガブリエル・フォーレよ、あなたの最後の曲集は一人の詩人の最後の作品と交わった」と書いている。ネクトゥーは「貴族的な慎みをそなえた『幻影』とは対照的に、直ちに魅了する直接的な調子を持つ」力強く輝かしい作品としている。 

宗教曲・合唱曲
ラシーヌの雅歌 Op.11（Cantique de Jean Racine, 1863 - 64年） 
ハルモニウムまたはピアノ伴奏による合唱曲。 
レクイエム Op.48（1887年） 
別項参照。 
パヴァーヌ Op. 50（Pavane,1887年） 
合唱と管弦楽のための作品。合唱は省かれることもある。2種の編曲版が存在。 
小ミサ曲『ヴィレルヴィルの漁師のミサ』（Messe des pêcheurs de Villerville, 1881 - 82年） 
アンドレ・メサジェとの共作。 

歌劇
現在ではほとんど演奏されないが、フォーレには以下の2曲の大作がある。

悲歌劇『プロメテ』（Prométhée）全3幕 Op.82（1900年） 
アイスキュロスのギリシア悲劇に基づく、ジャン・ロラン及びアンドレ＝フェルディナン・エロルドの台本。吹奏楽編曲はシャルル・ユスタースによる。1900年8月、ベジエの野外円戯場において、300名の吹奏楽団、100名の弦楽、13名のハープ、30名の舞台上のトランペット、200名の合唱など、総勢800人に上る演奏者とフォーレ自身の指揮によって初演された。聴衆は1万人といわれる。フォーレの弟子ロジェ＝デュカスによる通常のオーケストラによる演奏会用の編曲がある。 
歌劇『ペネロープ』 （Pénélope）全3幕（1907年-1912年） 
ギリシア叙事詩『オデュッセイア』に基づく、ルネ・フォーショワの台本による。1913年3月、レオン・ジェアン指揮によりモンテカルロで初演、同年5月のパリ初演で大きな成功を収めた。フォーレは1905年にフランス国立音楽・演劇学校の学長に就任しており、以降年2ヶ月間の休暇中に集中して作曲している。このため『ペネロープ』の作曲期間は実質10ヶ月程度と見られる。初演に間に合わせるために、第2幕の第2場以降及び第3幕の最後の場面のオーケストレーションについて、フェルナン・ペクー（ヴァンサン・ダンディの弟子）の手を借りたことが認められる。フォーレの後期様式を決定づける重要な作品だが、めったに演奏されない。 

 関連項目
Category:フォーレの楽曲

参考書籍
ジャン＝ミシェル・ネクトゥー著『ガブリエル・フォーレ　1845 - 1924』大谷千正編訳　新評論 
ジャン＝ミシェル・ネクトゥー編著『サン＝サーンスとフォーレ　往復書簡集』大谷千正・日吉都希惠・島谷眞紀訳　新評論 
ジャン＝ミシェル・ネクトゥー著『評伝 フォーレ　明暗の響き』大谷千正監訳、日高佳子・宮田文子訳　新評論 
ウラディミール・ジャンケレヴィッチ著『フォーレ　言葉では言い表し得ないもの…』大谷千正・小林緑・遠山菜穂美・宮川文子・稲垣孝子訳　新評論 
日本フォーレ協会編『フォーレ頌　不滅の香り』　音楽之友社 
ネクトゥーには4冊の研究書（うち3冊は邦訳済み）があり、近年の研究の進んだものとして知られる。

このほか、フォーレ関係の著作には、次男フィリップ・フォーレ＝フレミエの伝記、弟子のエミール・ヴュイエルモーズ等のフォーレ論、またアルフレッド・コルトー（『フランス・ピアノ音楽第一巻』収録）、マルグリット・ロン等によるピアノ曲の解説などがある。
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